2009年06月06日


地球の未来と個人的な将来

前々回の記事のコメントで初めて自覚した睡眠の問題は少々暴力的なレベルになってきていて、少し日常的にも疲れが出てくるようにはなっています。周囲の知り合いにも多少ですが聴いたところ、わりと同じような人たちが複数いることが判明。ワタシもそうですが、不眠などという言葉とは無縁だった人たちではあります。

これに関しては症状というか起こっている状態が同じ人たちがいるというだけで、原因等についてもよくわからないので、経過観察するしかないようです。

なお、ここ数日自分を観察していますと、漠然と「夜中に目が覚める」というより、1時55分に目が覚めて、そこでうまく再度眠れても、次は2時55分に目覚める、というように、わりと時間は決まっているようです。2時55分の場合は少なくとも朝5時くらいまでは再び眠ることができません。周囲の人もそのようですが、就寝の時間はあまり関係ありません。午後9時に寝ても夜1時に寝ても、大体は目覚めます。

今もそうです。
それでこれを書き始めました。

さすがに正直、少し疲れてきましたけど。
(睡眠の問題は生まれてから経験したことがないので)


コメント欄に書いたのですが、一応、そのWebBot のALTA 1309パート6(4月11日)の該当部分を転載しておきますね(最近、転載が多くてすみません » ヤス様)。

(ここから転載)

・ 世界的な規模で睡眠障害が発生する。最初は個人的な問題として見過ごされるが、多くの人々が同時に同じ問題に苦しんでいることが次第に明らかとなる。これは2009年の夏の終わりから秋にかけて明らかとなる。

・ この現象はこれから3年間継続するが、問題が発見されるのは2009年である。集団的な睡眠障害の原因に関しては、影の支配勢力や彼らが操る主要メディアによってさまざまな理論が提出されるが、人々はこれを偽情報として信用せず受け入れようとしない。

・ この現象は宇宙関連のカテゴリーに出てくる宇宙からの未知のエネルギーと関連の深い現象である。この現象はすでに始まっているが、今の時点でそれを体験しているのはもっとも敏感で繊細な人々に限定されている。その後、次第により繊細ではない多くの人々が同じ症状を体験するようになる。

・ 集団的な睡眠障害の現象は2009年秋の「病気」のキーワードとの関連でも現れているが、これはいわゆる病気ではなく、その原因は太陽系にある。

・ 睡眠障害に対する薬物療法はほとんど役に立たない。むしろ睡眠障害を悪化させてしまう。

・ すでに以前のALTAのシリースには「よだれを垂らしながら立っている」「突然の異常行動」そして「異常な性的行動」などのキーワードあったが、今度はそれに「集団的な睡眠障害」が加わったのである。


(ここまで)



未来を変えること


コルマン博士の論文全文の訳の続きが出ているヤスさんの最新記事ですが、この中にはコルマン博士の論文以外にもうひとつ目についた部分があります。

クリフ・ハイが WebBot の配信を継続することに関してなのですが、その理由を

「(価格を下げてより多くの人々がALTAのレポートを読んで未来を知ることにより)集合無意識が変化し、未来が変わるのではないかと思ったからだ。その実験である。

とあります。

「未来が変わるのではないか」ということは、すなわち「未来を変えていきたい」(つまり、今のままの未来ではよくない、ということ)という意志の現れのようにも聞こえます。その WebBot の描く人類の未来は皆さんご承知のように、頂点に人類の絶滅まである激しいこれからの道のりとなっているわけですが、「それを元型や多くの人の集合無意識の構造から変えていくことにより、そうではない未来にしていきたい」ということかもしれません。

「うーむ・・・」

と、ワタシはこの文章のところで考え込んでしまいました。

考え込んだ理由は簡単なことで、最近のワタシの考えの流れそのものではありますが、「今描かれている未来は変わらなくていい」とワタシは思っているからです。

「大戦争があったり、食糧がなくなったり、死の疫病が蔓延したり、地震や火山の噴火で地形が変わったり、太陽嵐で地上の電力網が破壊されたり、宇宙と太陽の影響で人がどんどん死んでいったり、ポールシフトで地上に人間が住めなくなるような未来」の方がいいのか、という話になってしまいますが、細かい現象はともかく、まあそういうことになるのかもしれません。

このことこそが、ここ数ヶ月で何とかワタシが少し勉強して知り得たいろんなことと結びつくわけで、結局、今の人間の文明の環境は、そもそも根本から地球環境と循環するタイプの文明ではないので、どんなに小手先で変化させようとしてみても、「今のままではどのみち文明は続かない」ことが明白となっているように思います。

エコカーを走らせて、エアコンの温度を28度に保って、スーパーのレジ袋を辞退することで、人類と地球があと1万年も100万年も繁栄し続けるならいいですが、それは無理でしょう。たった100年程度でこうなっちゃったのに。

繁栄を続けたいのなら、(上の例に合わせるなら)「世界中の車をすべて廃止して、世界中のエアコンをすべて破壊して、世界中のスーパーをすべて破壊して消し去る」のであれば、何千年かしたら地球は再生するかもしれませんが、みんな「そんな生活はイヤだ」と言うと思います。
ワタシもイヤです。



願わくば平等に


実際には今現在すでに破局は始まっていて、「これから大変だ」などと言っているのは主要国の一部の人たちだけなのかもしれません。すでに現実に一日25000人の人が飢餓で死んでいるわけで、主要国の未来がどうであろうと、今現在で地獄のような日々と状態を味わっている人たちはいくらでもいるのが現実のようです。

そのことについても、同じ人間でも、(飢餓で死んでいく)つらさはわかりませんし、想像もしません。それどころか、ワタシなどは「一日25000人が飢餓で死んでいる」ということを「カロリーが気になるから」と少しパンを残して食べながら書いたりしていたりします。

この鈍感さは決定的だなと自分でも思うわけです。

「生きている価値ナシ」と。

言っちゃアレですが、そういう人はワタシ以外にもいるような気がします。


最近、どうも「準備をしている者は助かり、そうではない者は助からない」というような論調を多く目にしますが、願わくは、「最終的にはそのどちらも滅びますように」と願わざるを得ません。

これらはいい人なので生き残ればいいが、あっちは悪い人なので生き残ってはダメだ」というような区別をする考え方は、今までの地球に対して行った悪行の根源となる考え方とあまり変わらないと思うのです。(そもそも、その考えでは毎日飢餓で死んでいっている人や子どもたちが「真っ先に悪い人たちだ」ということになってしまう。それはおかしい)

本当の平等という理念とは遠いです。

なので、ワタシも備蓄をしたり、部屋でLEDでの野菜の栽培の実験などをしているわけですが、こういうワタシのような人は早く死んでいけばいいのになあと実際には思います。「生き残るため」にやっていることと矛盾しますが、わりと正直な気持ちです。だいいち、こういうことも地球に何も還元していませんですしね。



さらに願わくば・・・


そこでハタと思い至ったのですが、

「この睡眠障害はワタシたちを殺そうとしているのでは」という考え。

最初に書いたワタシの友人などは、仕事から帰ってきて寝るのが大体深夜12時くらいらしいのですが、12時に寝ても1時に寝ても必ず午前2時に目覚めてしまって、再度眠れない。
朝方眠くても、その頃には出かけなくてはならない。

若い人ならともかく、中年だとそんな生活は3日もするとヘトヘトになるのですが、それが毎日毎日続いているらしいのです。彼は3日に一度、睡眠薬を飲んで凌いでいるそうです。WebBot には「睡眠薬は効かない」とありますが、今のところ一応効いているようです。
ワタシもお酒は多少効果があります。(ただ、すごい量じゃないとダメだけど)

まあ、ワタシの場合は暇で、昼に休む時間があるので少し凌げていますが(ただ、昼も眠れるわけではないのです)、いろんな人にこの状態が続けば、そのうち死ぬ人も出てくるでしょう。睡眠は疲労回復の最大の手段で、これだけは他に代替がないですから。

友人とも

「このまま続けば死ぬかもね」
「うーん、ちょっとイヤだけど、仕方ないか」

ということで、「仕方なし」としています。
(この睡眠の問題は「目覚めてしまう」ので対処しようがないのです)

ちなみに、今これを書いてるのは午前3時過ぎなんですが、一日のうちで頭が働くのはこの目覚めた時間帯だけで、何かを書けるのはこの時だけです。日中はひたすらボーッとしていて、以前から書いている「ほとんど頭が働かない状態」が多くなっています。こんな短い馬鹿記事(地震のブログ)を書くだけで1時間かかったりします(笑)。


まあ、ただ付け加えると、ワタシのような小さな個人と共に、人類に影響力の大きい人たち(すべての国の指導者や指導者予備軍、バチカン等の宗教リーダー、大きな企業のトップ、規模の大きな環境活動家、国連やユニセフなどの国際機関の人たち、など)真っ先にすべて死んでしまえばいいのになあとは思います。死ぬというか消えるというか。恨みも憎しみもないですが、やっぱりこれらの人々は地球に対して結構悪影響を持っていますから、いるだけで害悪だと思います。

その皆さん方が静かに地上から消え去られることを希望します。


最後に、 WebBot のALTA 1309パート6 の「人間の急死と死亡率の上昇」の部分を転載しておこうかと思います。先述した「世界的な睡眠障害」のことが書かれているのと同じ回のものです。


(ここから転載。太字はワタシによるものです)

・ 2012年に発生する問題との関連が深いデータが存在する。いま太陽系全体が銀河系の磁場によって圧縮された状態にあるが、それは太陽と地球が、古代マヤ人がフナブ・クーと名づけた銀河中心と直列する2012年12月21日には最大の状態に達する。

・ その影響は甚大である。太陽活動が弱くなったり、火山活動がいっせいに活発となったり、また急な頭痛や多くの人間の急死、さらに動物の集団死などが相次ぐ。人間の死亡率の上昇と動物の大量死が同じ原因で起こっていることが理解されるのには時間がかかる


(ここまで)


まあ、一応書いておくと、死んだ方がいいのはワタシのような地球に何もしていない人間のことで、将来的に地球が再生するには、人間は必要かも知れませんので、地球環境に対してすぐれた知恵(ナンカ発明できる人)や感覚の人や、あるいはこれから「精神の変容等で進化する予定の人(そんな予定わかんのかよ!)は生きて下さいね。


ワタシのほうはそこまで保たない感じがしてきました。

うひょひょひょ(最近衰弱して死んでいく自分を想像してニンマリすることが多い(笑)。




この記事へのコメント
おはよう御座います。今回はなにやら、あきらめを感じるような・・・・。
睡眠障害?眠れない件ですが、私は4日の夜は、ほんとに2時から、1時間おきに目が覚めましたね。ほぼ同じ症状です。でも、昨日は昼間寝ました。そして、昨夜は不思議とぐっすり眠れました。私は、寝れる日とそうでは無い
日が交互にやって来るようです。仕事してたら完璧アウトですね。
「この鈍感さは決定的だなと自分でも思うわけです。」
鈍感じゃないとたぶん頭がいってしまいますよ。(笑い)

人類が経済活動を、太古に戻せば、地球の自浄作用で元の環境にもどります。その通りです。
こうしてコメントを書いていると、様々なビジョンが交錯して・・・・。
一番印象深いビジョンは、何度も同じことを繰り返してきた事です。今度こそこの星でと・・・・・・。
CPUの中で生きられる種族もいる位ですから宇宙は広いですよ。
日本古来からある「万物に神が宿る」とした思想は、真髄だと思います。
残された日々を、感謝して生き切りましょう。
Posted by あるおっさん at 2009年06月06日 08:39
ヒトラーの予言した、究極の二極化が加速しています

約20万年前、人と猿が分かれたような現象ですね
どちらも進化らしいです。

精神体と物質体のバランスが良い場合↑
精神体と物質体のバランスが悪い場合↓

宇宙空間に蜘蛛の巣のように広がるプラズマ領域に
突入した太陽系惑星群の周期的なイベント
脳細胞の活性化は、人間を両極に分けるそうです

聖書、仏典、クルアーン、などに記されている
警告に耳を傾けましょう

巧妙に隠蔽されていますが・・・・・
極古代期において、現代人、旧原人、猿人という
3種類の人類が共存していた時期があるそうです。

・・・・・

常識とは、人が18歳までに集めた偏見のコレクションである
アルバート・アインシュタイン
Posted by Ku__uu at 2009年06月06日 13:02
こんにちは。

先日、あるご老人がこんな事をおっしゃってました。

人は現世で悪さをすると地獄へ墜とされるというが
それは違う、私たちはすでに「お金地獄」という地獄界にいるんだよ、お金地獄という地獄でもがき苦しむ為に生まれ、そして死んでいくんだ、と。

なるほど、と感心させられたものですが、だとすれば
今回のアセンションとは地獄界からの開放なのかもしれませんよ。

経済が崩壊する様を生きて見届けようじゃありませんか。

きっと素晴らしい世界が待っているはずですよ。

頑張りましょう!

Posted by roo at 2009年06月06日 15:20
>願わくは、「最終的にはそのどちらも滅びますように」
全く同感です。

私も少しの食料を備蓄して這いますが、そんなものでこれから来るであろう混乱をくぐり抜ける事等出来ないだろうし、備蓄等と言う姑息な事をしている自分が生き残る等と言うのはやっぱりおかしいと思います。(備蓄しながら言う事ではないでしょうが)

慈悲深く、清らかに生きる人々は数多くおられましょう、でもその方々の中に食料の備蓄等されている方がどれくらいおられましょう?
恐らくほとんどおられないのではないでしょうか?

これから来るカタストロフィーは、食料の備蓄、金の保持、高台への避難、等等。そんな焼け石に水程度の事で降り掛かる災難を避ける事等出来ないでしょうね、それこそ災難は平等に降り掛かって欲しいと思います。

備蓄等と、自分だけ助かろうと考える事自体害毒な人間なのかな〜??
なんて思っています。
Posted by taka at 2009年06月06日 16:24
自分は死ぬというよりはいなくなるような感じになる印象がありますね。
今だってある人にとって全然縁のない人は、
その人の世界には存在しないも同然ですが、それがもっと極端になる感じです。
存在感が希薄になって、消えてしまうような気がするのです。
もちろん相手から見ればこちらが消えたように写るのかもしれません。
そして全員が自分の世界観を満たす世界に分かれていくといったところでしょうか。
ここら辺はいつか読んだバシャールの影響なんですが。

大戦争や大災害が起きてサバイバルになるという世界観を持つ人はその世界を作る。
これまでの世界がこれからもずっと続いていくという世界観を持つ人はその世界を作る。
世の中のどこかに悪の権力がいてそれが倒れれば・・・という世界観を持つ人はその世界を作る。
あっさりと良い世界が訪れるという世界観を持つ人はその世界を作る。
もちろん途中でその世界観に疑問を持てば、それに伴って世界も変質していく。
ここら辺は依然読んだ引き寄せの法則の影響かな。
まあ2012年とはこのような分化のプロセスがより進む時期なのではないかなあと。
色んな予言の内容が錯綜しているのも、どれかが外れで、どれかが当たりというより、
これから自分が作る世界の予言をしているんじゃないかと思ったりするわけです。

これならば全員が納得でき、(というより当たり前で意識にできないのかもしれませんが)
そしてともすると多くの人には、2012年は経済は大変なことになっているし、
戦争も起きているかもしれないが、1999年と同じで人知を超えるような変わった事は何も起きなかった、ということになる気もするのですが(笑)。
(もしかすると一部の人は、この世界観が世界を形作るという世界自体を鳥瞰的に観れるようになったりして、とも思ってますが)

・・・という引き篭もりの継ぎはぎ妄想です。本当に失礼しました。
Posted by at 2009年06月06日 16:45
名前を忘れてしまいました。sg44です。ごめんなさい。
Posted by sg44 at 2009年06月06日 16:48
noffyさん
おはようございます?(今、AM3:00ですか?)

>うひょひょひょ(最近衰弱して死んでいく自分を想像してニンマリすることが多い
私も、思わずニンマリしてしまいました。すごい境地ですね!。

> 〜死んだ方がいいのはワタシのような地球に何もしていない人間のことで〜
何もしていないから、無害ですよ、それより色々活動して大量消費や、タレ流している人のほうが、はるかに有害ですよ。

>今の人間の文明の環境は、そもそも根本から地球環境と循環するタイプの文明ではないので〜
今の人間は、リサイクルな生活ができないのではないかと思います?
物を作ることと消費することには非常に熱心ですが、後の事にはあんまり関心無しですから。
ポイ捨てが良い例です、埋めるか、燃やすか、少しだけリサイクルですか・・・。
それに、リサイクルするよりもコスト重視で他の処理を選択してますし。
急速に物質文明を進めすぎた弊害かもしれませんが。

昨日、本屋へ寄りました、木村秋則さん(奇跡のリンゴで有名、不可能とされる、無農薬、無肥料でリンゴを育てられた。)
の新刊本(題名:リンゴが教えてくれたこと)が出ていたのでちょっと見たら、以下のような一文がありました。

「〜もし神様が願いを叶えてくれるとしたら、人間以外の生物は人の絶滅を望むだろうということ〜」です。
きっと、あの世で神様にお願いしているんじゃないでしょうか・・・・・?
それとも、集合的無意識でしょうか・・・・・?

下記、先日書いた太陽の記事のURLです。
最後のところの、常田佐久教授のコメントは気になるところです。

http://www.asahi.com/science/update/0601/TKY200906010159.html

最後にナシの木の異常についての、NHKニュースのURLを貼ろうと思ったのですが、
このニュース、もうページが消されていますね。また、次回にします。

前回記事のコメントで、ぱんださんが書いてましたが、私はなんか太陽の光?が弱いように感じるのですが、気のせいかな?

では。
Posted by advolo at 2009年06月06日 17:17
noffy-san こんにちは。

「天上天下唯我独尊」
釈迦が生まれて最初に言ったとされるこの言葉。
まあ、伝説のひとつなんでしょうけど、この言葉を「傲慢」と受け取るか、
「謙遜」と受け取るか、ひとそれぞれで判断は違うかもしれません。
私は、この言葉は「万人の本質」だと理解しています。
つまり、人間ひとりひとりが、そうなんだ。と。
人生とは「個人的なもの」であり、それ以上でも以下でもない。
「人の痛みが分かるような人間になりなさい」と教えられたりしますが、
本当のところは「人の痛み」なんて分かりようもない。
でも、「自分の痛み」は実感できる。それを目安にして「人の痛み」を
ある程度理解できるのが、精一杯ではないでしょうか。
つまり、自分が経験したことがないことへの理解は、本質的に不可能だと言うことです。

>「一日25000人が飢餓で死んでいる」

この現実を生きている人たちの心情まで推し量ることはできませんが、
だからと言って、そのような現実から遠いところで別の現実を生きている
自分自身を、

>「生きている価値ナシ」

とするのは、違うように思います。

人はそれぞれ、自分の置かれた現実の中で精一杯「生きる義務」を背負って
いると思うし、それが、餓死するような現実に置かれている人たちへの責任
ではないかと思います。

私たちは日本という社会の中で、今は餓死こそしないものの、精神的には飢餓状態に置かれており、「満たされない」まま、毎年3万人以上の人たちが自ら命を絶っていくという現実に直面していることは間違いありません。

どちらの現実がより深刻なのか・・・・?

危機を感じて「生き残ろう」とするのは、生物としてごくごく自然の欲求であり、そのために、あらゆる自己防衛策を講じることに「善も悪も」ありません。

私は備蓄はしていませんが、それが「私の自己防衛策」として選択したものです。結果として、餓死する組になってしまうかもしれないし、ならないかもしれない。でも、その結果を受け入れられる「選択」をすることこそが、自分の「生存性」を護ることだと思っています。生存性というのは「生と死」を含んだ個としての存在というニュアンスですが・・・。

「天上天下唯我独尊」でいいんじゃないでしょうか。
Posted by sokurate2 at 2009年06月07日 14:21
この地球に住むことの意味。そして人の幸福感。人は自然と共存するべき存在であることは、これまでの足跡から明かです。自然を通じて得られる感動は、人が生きようとする原動力となっています。それはイコール幸福感だからです。地球上に存在するものは生物をはじめとしてすべて自分を生かそうと努力しているように思えます。それこそ雑草でさえ必死で命を主張しています。おそらくその状態というのは地球上すべてのものに対する課題であり、それを理解しているかのように各種の生命の営みや地球の活動(地球も生物?)が繰りかえされていると思います。人間も同じです。本来地球にとって無駄な人間は一人もいません。人間の欲求や無秩序などで人口は増加の一途ですが自然の一部として淘汰されることになるでしょう。
                                                                               人間は地球上のものに対する管理能力を持っています。他の生物と異なるところは、この能力が発揮されていないと、意識的であろうがなかろうが幸福と感じられないという点です。極端な話、生き甲斐や自己の存在を肯定できないことになってしまいます。地球上の存在のひとつとして地球(自然)と幸福(歓び)を共有することこそが人間の存在理由であるからです。自らの命を軽んじたり、或いは否定的だったりすることは自らが不幸へと指向していることになります。しかしながら生まれついた時代や環境が過酷で、本来の能力や存在理由を感じられる余裕がない場合もあるでしょう。でもすべてのひとがそうならないのはどんな環境下でも精一杯生きようと努力するからです。そうすることで生命の存在意義を見いだすことになります。ですから真摯に生きようと努力することこそが人の幸福への道筋です。本当に不幸なことは、その覚悟ができなかったことではないでしょうか。どんな境遇下であれすべての人に対してその機会は平等に訪れていると思います。ただそのことにインスピレーションが機能するかしないかの違いによって分別されることになるのではないでしょうか。                                                

前にも述べましたが、覚悟があれば死であれ、何であれ関係なくなります。突然鳥に喰われた虫も、直前まで精一杯生きてたはずです。ですからそこには最後まで生命を全うできた歓びがあります。この虫は不幸な死を遂げたのではないと思います。(人間だって同じです。)

私は以上のような考えを半世紀以上の人生経験から持つようになりました。(特に家内の影響は大きいです。)自分を客観視することは難しいですが、そうして得た不変の価値観というのは心強いものとなっています。願わくば皆さんがそうであれば素晴らしいなと思います。
                                                        noffyさん。いつもありがとうございます。その淡々とした強さに励まされ、御陰で私も生きる覚悟を新にできています。ここに集われておられる方々からも勇気を分けてもらっています。感謝致します。
Posted by SHOUPAPA at 2009年06月08日 00:03
noffyさんがパンク〜ノイズ系とか聴いて来られた方だというのが、今回の記事でよくわかりました。私はこれ読んで酒飲んで泣きました。

鈍感なわけないでしょう。自らの中のわずかな矛盾さえ検証してしまう敏感さ。
人間でいることさえ許せない潔癖さ。

この社会に適応するには鈍感さを獲得することが不可欠で、みんな意識的にも無意識的にもムリをしながらなんとか居場所を作ってきたけれど。。。

納豆なんかつくってんじゃねーよ、バカヤロォォー!!(ToT)

こんな感情的なコメントは書くの止めようと思ったのですが、今日はごめんなさい。10代モードに入ってしまいました。
Posted by pogo at 2009年06月08日 01:46


途轍もないことが、近々起こりそう!! 

http://at-home7777.at.webry.info/200906/article_12.html

これに対する対抗手段は、唯一、非暴力によるサボタージュしかない。
個々人の目覚めによる、無言の抵抗運動が巷に沸き上がるだろう。
多勢が無勢に勝つ方法......。

それは従わないことである。

引用終わり
陰謀論ですんません
Posted by Ku_uu at 2009年06月08日 01:47
皆さん、おはようございます。
コメントありがとうございます。
個別の返信は後でさせていただきますね。

土曜までは睡眠不足で極度にボーッとしていたのですが、土日でなぜかスッキリとしました。(とかいって、今日も3時ちょうどに目覚めましたが)

まあ、気持ち的にはあまり上のものを書いた時と変わらないのですが、しかしまあ、それはともかく、上でadvoloさんが書かれているように、私も太陽の光が弱くなったと体感では感じます。今年も最初の頃は眩しくて仕方なかったですが、今はそうでもないのです。太陽の眩しさの変化をこんなに急速に体感できたいうのは初めてかもしれないです。

それと、なんというか、地震としてカウントされない揺れが私の住んでいる東京ではひどくなっていて、これは地震が近いのか、ポールシフトが近いのか・・・(おいおい)。

これは感覚ではなく、私は揺れの察知に使っている部屋のいくつかのモノがあって、それらが頻繁に揺れます。普通だと、少なくとも震度1でも有感地震でないと揺れないものです。
こんなにユサユサきているのはあまりないことなので不思議ですね。

照さんが久しぶりに大地震の予感、とか書かれてますし(アメリカのことかもしれないですが)、近いのかもしれないですね。
http://yoken.kinmiraiken.jp/wordpress/?p=2706
Posted by noffy at 2009年06月08日 05:58
あと、大紀元報道ではあるのですが、
http://jp.epochtimes.com/jp/2009/06/html/d68015.html
に「エイズに似た怪病、中国で急速に拡散か」というニュースが結構気になっています。

症状は

1.微熱が続く(37度前後)、多発性リンパ種

2.舌の先に赤い斑点、厚いこけと感染症状

3.下痢が続き、便がゆるい。腹鳴と発汗

4.鼻がつまり、頻繁に上部呼吸器が感染

5.歯茎が腫れ、炎症が起こりやすい

6.皮膚の押し痕が長く続き、筋肉の痙攣が頻繁


だそうで、死者もそこそこ出ている模様。

> 家族や職場の同僚のほとんどが感染し、中国全域に感染者が蔓延していると見ている。

の部分は結構スゴイと思いました。

まあ、大紀元はわりと「中国本土で謎の疫病が蔓延」のニュースを流すので、何とも言えないとは思いますけれど、中国からはいろいろと出ますね。
Posted by noffy at 2009年06月08日 06:07
たしかに,どのように地獄の日々が進むのか,いつまで生きていられるのだろうかと,常づね考えざるを得ません。あと少しであるかもしれず,もっと長いのかもしれないですが,
「節度を保ち,言葉を慎み,肉に,金銭欲に,権力に乾いてはならず,誠実で,正直で,謙虚で慈悲深く,我慢強く,優しく,憐れみ深く,あなたたちを害する人を赦し,あなたたちを憎むものを愛しなさい,あなたたちほど幸せでない人々を助けなさい,愛しなさい,愛しなさい,愛しなさい」(「マリア・ヴァルトルタ「手記」抜粋」天使館,より)の言葉のいくつかでも実行できればと思います。
Posted by peter at 2009年06月08日 23:17
「今描かれている未来は変わらなくていい」
同感です!
どんなに恐ろしいことが待ち受けていようが、私は構いません。
それよりこんな歪んだキチガイ世界は一度強制終了してリセットされるべきですよ!
Posted by ミーシャ at 2009年06月09日 16:52
> あるおっさんさん、ご返信遅くなりました。

「あきらめ」というか、ここのところは久しぶりにいろいろと妙に腹が立ちやすい感じです。
もともとそんなに怒ったりするタイプではないですが、ここ1〜2週間くらいはわりと世の中のこととかでありますね。今のところは経済(の多くの人の見解)に対してが一番ですが。

どうして、無理に誰も彼もが「これから景気は回復する」みたいなウソを言わなければならないのかよく理解できないのです・・・。そんなこと本気で思っている人は専門家にはいないはずなのに。人のウソがあまりにも見えてくる世の中はイヤな感じがいたします。

 > 万物に神が宿る

わりともともとそんな感じの考えでしたが、最近はさらに強くなっています。

私の最近の環境と人間に対しての妙な原理主義的な考えはそこからくるのかもしれません。




> Ku__uuさん、こんちには。

「二極化」とか、あるいは、WebBot でも「二つの世界に住む人々が2009年から現れる」というようなことが書かれてあるのですが、最近は、まずは「価値観の二極化の徹底」が始まるのだろうなあと感じています。

最近、妙に苛立つことが多くなってしまったのですが、それは「どうも住んでいる世界が違いすぎる」というような感覚が出てきてしまっているのかもしれません。

こう感じてしまうと、どうにもならないですね。

もともと趣味とか生き方とか一般とは乖離していたのは事実ですが、それでも私は「他人の価値観はそれ」として一応尊重していたのですが、今は尊重できない(と感じる)価値観が多くなっています。「粉砕しちまえ!」みたいな(笑)。

怒りの感情自体は好きではないですが、しかしまあ、今までは「存在悪」として認めてもいた、世の中の様々(デリバティブや環境破壊など)は今はあってはならないと考えています。

まあしかし、とにかく今は淡々と経過を観察いたします。




> roo さん、どうも。

お金地獄に関しては、まだそのウソの実態に関して考えない人も多いようです。
私は経済を否定するわけではないですが、とりあえず早く「紙幣」と紙財産というもののウソには気づいてほしい気はします。

いろいろと近くなっているようですしね。




> takaさん、こんにちは

私も一時中断していた食料の備蓄をまた始めてしまいましたし、室内での野菜の栽培の実験などもおこなっていて、まったく書いていることと矛盾しているのですが、上に書いた気持ちは今でも強いですね。

最近は少しずつ覚悟(死ぬことも含めての)を決めてきていますが、その過程にあるせいで、なんとなく不安定な心理状態であるのかもしれません。

私たちが一度も経験したことのない「完全に自由で平等」な地上とかできるといいんですが、それは人間にできることなのかなあとかも思います。いつかはできてほしいですが。




> sg44 さん、どうも。

 > 自分の世界観を満たす世界に分かれていく

その感覚は、以前(といってもほんの2〜3カ月前)気づいて、多分、私もそういうような感じなのだろうなあと思っています。1999年ほどではないにしても、「表面的にさほど変わりなく進んでいく」ということもあるかと思います。

経済と自然環境の大きな動きはなかなか沈静化できないと思いますが、それでも、たとえば、大量死とか絶滅とは違う次の世界があるとしたら、「自分の世界観を満たす世界」が人それぞれに開けていくのかもしれません。それが全員にとっても一番幸せなことですしね。

「競争とか成功」を価値観の頂点に持っている人、「平和と平等」を頂点に持っている人、「ダラダラしたーい」(笑)という価値観を頂点に持っている人(私ですが)、それぞれの世界に進む道がこれから開けてほしいですね。本当に。

違う価値観に包まれながら生きるのはそろそろ限界を感じないでもないです。





> advoloさん、お世話になります。

太陽活動の常田佐久教授のコメントは私は見ていませんでした。
こういうコメントでは珍しいほど弱気ですね。

私も、体感ではここしばらくの太陽の光は弱くなったと感じます。一昨年から3月くらいまで眩しくて仕方なく感じていたのが弱々しくなった感じはしています。ずっと空を眺めているので、私の「太陽光観察」はそこそこの信憑性はあるかと(笑)。

まあ、太陽活動が弱まっても、急速に気温が下がり続けるわけではないでしょうが、これで夏が仮に冷夏だったら、農作物はなかなかまずいかも。

私の知っている日本の地域だけの話ですが、春の気温の上下があまりに激しくて、また雨が多すぎたり少なすぎたりして、今年はあまり植物の生育状態が良くないところが多いようなのです。
これで、夏の気温が低かったら打撃はかなり大きいのでは。

まあ、過ごす分には涼しいのは歓迎ですが、食糧事情はキツくなりそうです。



(続きます)
Posted by noffy at 2009年06月10日 11:08
> sokurate2 さん

私も基本的にはこれからの世の中に対処する方法はそれぞれの考え方でいいと思っています。食糧備蓄や自給自足は当然、人間が生き残る方法として推奨できるものですね。

ただ、私の場合は、最近、人類全体に対しての疑念があって、そうなると自分も人間なので、そこでもうダメなわけですね。「自分だけを人類から除外できない」という感じですかね。

まあ、もともと消滅への希求みたいな部分はある人ではありましたが・・・。そのあたりも含めて、また考えてみたいと思います。




> SHOUPAPAさん

どうも、ありがとうございます。
今はその地球と人の状態のバランスがあまり良くない時なのかもしれないですね。

 > 覚悟があれば死であれ、何であれ関係なくなります

なるほど。
最近は私も覚悟に関しては少しずつ感じるようにしています。
もともとそんなに死を大層に捉えるほうでもないので、私自身は比較的どっちでもいいのですが、家族とか周囲はなかなかそうも考えられないでしょうしね。そのあたりはとても難しいかもしれません。




> pogoさん、どうも。

心配かけてしまってすみません。
でも、結構大丈夫ですから。

納豆もすみません(笑)。

でも、なんというか、最近わりとストレートに「世の中で否定、拒絶するもの」がハッキリしてきていて、多分、今後の人生でもそのあたりは曖昧にはしないと思います。そこに関してはもしかしたら少し「進化」しているのかもしれないです。




> peter さん

私は人間にとっての「地獄の日々」は、今も含めて結構な時間続いていたのだと思っています。

そのことを最近気づいたということなのですが。

「私たち人類が地獄の日々に長くいたことを気づきなさい」と言われたみたいな気がします。なので、その地獄の世界を是正したいようには思います。まずは個人レベルで、そのいただいた「手記」の言葉などを実践できればいいなと思います。




> ミーシャさん、こんにちは。

リセット(どういうものかはわかりませんが)に近いような状態は確かに来ると思います。
ただ、それが恐ろしいのかそうでないのかは人によって感じ方も違うだろうし、今ひとつわからないことです。それが「恐ろしいことだ」とは考えられないほうがいいかもしれませんよ。
Posted by noffy at 2009年06月10日 11:12
野菜の室内での栽培は、ちょっと黄色点滅だと思います。いろんな微生物が関係するからです。根にも葉にも。住居スペース外の屋内栽培、たとえばビニールハウスや温室ならまだいいのですが。大きな見える虫の問題はなくても、違った問題が発生するらしいです。
植物は二酸化炭素も発生します。
市で畑って借りられるそうですよ。農業経験があるとされると、田舎で田圃や畑つきの物件が購入できますし。
自給自足といっても、田舎に引っ越しても自給自足なんて突然できません。田圃も簡単には買わせてもらえないですよ。
Posted by あいちゃん at 2009年06月10日 16:07
>あいちゃんさん

どうもお気遣いいただいてすみません。

今やっているのは、「太陽光がない、あるいはあっても当たることができない世界下」のシミュレーションで、キチガイワールドの話ですので、お気にされないで下さい。

「無光の中で生きられるものたち」(笑)ということに最近ちょっとだけ興味がありまして。
Posted by noffy at 2009年06月10日 17:58
いつも更新ありがとうございます
最近はコメントも充実してきていますね。
ひとつひとつお返事されている管理人様の姿勢には頭がさがります。

私は玉蔵さんのブログも大好きで愛読しておりますが、
以前、やつらは自分のなかの悪い部分の現われみたいなものだ
と玉蔵さんがおっしゃっていたことがあります。

私は昨秋以降備蓄を続けて参りましたが
昨夜ふと
「ああ、この備蓄の行為って 地下に逃げ込んで助かろうと準備している(らしい)やつらの行為とかわらないんだな」と気がつき
今後備蓄はやめようと思いました。

「助けるものはどこにいても助ける」というひふみ神示のことばを信じ切れていない自分がいただけのことでした。

しかし、その助けられるほうに選びたいといまだしぶとく思っている自分って結局どうなんだろ・・と。

私は以前も書きましたが人間のいない地球が見てみたいのです。
でもその見てみたいという欲求だけで環境を壊しつつ
私は助かりたいと思い続けることはまったく地球のためにならない。(かといって自殺はしないときめているのでそれはかなわない)

極限状態で人のためにも備蓄を使うといま思っていても
ほんとうにそれができるのか?いまだ自分にその自信ももてずにいます。

選ばれたい 助かりたいと何かをする行為自体
人間が何かを変えるという発想です もうそれは行き詰ったということだというのに

そう考えると私の好きなひふみ神示も
ほんとうに人間に「みたま磨き」をもとめているのかな・・・
と。

結局みたま磨いて生き残りたいと思っている私みたいなものははじめから欄外にいるだけのことだろうと。
終末にみたま磨きをはじめるようなずうずうしい?ひとははじめから求められていないと。

私が最近こころがけている 古きよき日本の生活に近づけることや ひふみ神示のいう御魂磨き もどきのようなことが願わくばこの終末の成功 神の力のかけらにでもなれば と思います。
(「大神」というゲームをしたせいか、人間の祈りが神に通ずみたいな発想です笑)

いつも長文書き込んですみません。

Posted by yuki at 2009年06月10日 22:34
noffyさんと上のコメントのyukiさんへ、


noffyさん、備蓄OLさんのところにもコメントされてましたか?

noffyさんのところも、りよこちゃん(備蓄OLさん)のところも、ずいぶんコメントがにぎやかになって来ました。多くのかたが気付き始めたということですね。

りよこちゃんのところにも書きましたが、我々がする程度の備蓄はエゴでもなんでもありませんよ。江戸時代、この国の民のほとんどが農民だった時代には、みんな1年・2年分の食料くらい倉に蓄えていたはずです。
今日買い物に行かなければ、今夜食べるものが無い、というありかたそのものが異常なのです。作物(穀物)は基本的に1年に一回しか収穫できないものです。ですから、翌年採れるまでのものを備蓄することは当然ですし、天候不良をみこして2−3年分を蓄えておくのは、この地上に生きる人間という生物にとって当たり前のことです。

だから4人家族で1トンくらいの食糧備蓄をしている、というのが当たり前の行為なのであって、それはエゴでもなんでもない。 生き物として当然の行為です。

世界中のビチカーのみなさん、そう思って備蓄に励んでください。きっとお役にたてます。

エゴというのは巨大な倉庫に何千トン 何万トン
の食料を蓄えて、値上がりを待って儲けてやろうという魂胆をもつヤカラのことです。

日月神示でも食料を保存して神に捧げてからいただきなさい、ちゃんとカミサマにささげないといくら備蓄してもダメですよ、それから、よく噛んで食べるんですよ、とカミサマがおっしゃっているじゃありませんか。

そうしてこの世の建て直しに役目が与えられるミタマは明るく暖かくこの時代の断層を超えていけるはずで、もしその時点で肉体を失っても、それはそれでいいじゃありませんか。
天命というものです。

Posted by yupon at 2009年06月11日 06:31
> yuki さん、こんにちは。

yukiさんの考え方というのは何というか、不思議なほど私には自然に理解できます。

これには、なんかこう・・・時期的なものも関係しているかもしれないです。
その時その時で微妙に感じ方や考え方は変わりますけれど、比較的大きな(といっても数ヶ月)単位でもずいぶんと変わることを最近感じます。

私はもともとは以前書いたのですが、WebBot にあった「2019年の世界の姿」というものに非常に感銘を受けて、それはつまり、地形なども変わり、水上生活を基本とする新しい未来の民衆が新しい電力で自由に海の上を行き来するというようなもので、「ああ、それを見てみたい」というのがありました。

なので、 yuki さんのおっしゃる「人間のいない地球が見てみたい」というのとは違うのですが、「今の」をつけるとまあ同じなんですね(笑)。今の人間がいない地球。

 > 自殺はしないときめている

これも私もそうですが、自殺というのは、ひとつの考えの方向としていつも立ちはだかることですよね。自殺の問題はこれからは、今までのような理由だけでは推し量れなくなると私は思っています。

生活苦や病苦というものとは違う、新しい価値観においての自殺というものも必ず出てくるだろうなあと思っています。(もう始まっているかも)

このあたりはもう yuki さんのように「自殺はしないときめる」という意志以外には止めるような方法はないのではと思いますが、良くも悪くも劇的に増えるのでしょうね。

私はゲームは今はあまりしないですが、トラビアンというブラウザのゲームを一日数分やっていて、これは人間が、自然を搾取して発達してきた歴史がよくわかります。





> yupon さん、お世話になります。

いつもご配慮いただき、ありがとうございます。

最近は、他の方のブログをあまり読まなくなりまして、備蓄OLさんのブログもしばらく拝見していません。

まあ、備蓄や生活に関しては個人個人の考え方や、あるいは生き方の価値観の問題なのだろうなあと思います。

基本的には多くの方に備蓄等をされて生き残っていただきたいと思いますが、私や yuki さんのように、人類そのものへの疑念というのが出てくると、とりあえず(生き残ることを)否定はできないにしても、しばらくはその是非に関しては考えることになりそうです。

とりあえず今は先に生き残ることより、今をどうやって楽しく過ごそうかということに重点を置いています。まあ、いわゆる「思い残しのないように」というやつですね。
Posted by noffy at 2009年06月11日 09:05
こんにちは。

「この先数年は、素晴らしい未来があるとしても、
生きることが大変になるので、最近亡くなった方々はその苦しみを経験せず,
魂の存在になっていらっしゃる。
それだけ徳を積んだ方なのでしょうか、
勿論残って、救済を目的とされる方もいらっしゃるのですが。」
とあるヒーラーの方が言われてました。

確かに今死んだ方が幸せかもしれません、

これまで資本主義のタイタニック号に乗って、
飽食し、外見ばかりで生きてきた因果の法則を喰らうような。

肉体はただの借り物と、キレイ事を頭では考えていますが、
苦しまずに死にたいが本音です・・・・・
Posted by kou at 2009年06月12日 11:20
> kouさん、こんにちは。


私なんか上みたいなこと書きながら備蓄したり、サバイバルの準備をしたりしているのだから、矛盾も甚だしいです。

生きていること自体が矛盾のような感じの中で、いろいろとできる限り考えたり、実際に行ってみたりはしたいとは思っています。

最終目標は「生きる」ことより充実することなのではないかと思うことには変わりませんが。
Posted by noffy at 2009年06月12日 14:06
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